サーファーの将来に不安がある方は必見!サーファーは仕事やビジネスが成功する! -藤原和将プロ【後編】

FUNRIDE 編集部

FUNRIDE TALKの第3回目のゲストは1976年生まれ神奈川県横浜市出身、宮崎に移住して25年のJPSAプロサーファーでありエープロジェクト株式会社 代表取締役社長の藤原和将さんです。

昔、よく耳にした「サーファーは仕事をしない」「将来性が無いから子供にはサーフィンをさせたく無い!」はもはやは古い?死語?都市伝説?サーファーだからこそ仕事やビジネスが成功する可能性を秘めている極秘話を会社社長兼プロサーファーの藤原氏に聞きました。

本稿は、Youtubeの放送を加筆修正したものです。

プロサーファーのお陰で事業が広がっています

MC田島亜聖(以下、田島):あの一応ですね。ファンライドトークに出演頂いた、プロサーファーの皆さんには年収をお聞きすることになっておりまして…言える範囲でお願いできますか?サーフボード何本分とかでもw

藤原和将プロ(以下、藤原):以前は少しですが給料を頂いたり、無償でウエットスーツやサーフボードを提供してもらってはいました。

今は試合に出ていないですし、ショップに属しているわけでもないので、プロサーファーとしての収入は、ほとんどありませんよ。

田島:プロとしてはそうとして、事業としては如何ですか?

藤原個人事業だったのを、今は法人にしていて、複数の事業をしています。

おかげさまで、様々な人に手伝っていただき、優秀なスタッフも集まってくれていて、ちゃんと飯が食えるようになりました。

田島:サーフィンで稼いでいたお金はどれくらいでしたか?

藤原サーフィンだけなら0に等しかったです。

ただ、プロサーファーっていうことで仕事がいろいろ繋がったり、人と人とが繋がって事業を始めたりといったことがありました。

そういった部分では、プロサーファーとしての肩書は、いい繋がりが出来ていますよね。

プロサーファーとしてお金はもらっていませんが、プロサーファーのお陰で事業が広がっています。

田島:逆にサーフィンからヒントを得て、事業に繋がったケースはありますか?

藤原:たまたま紹介してもらい、サーフィンしに来てくれた方が、縫製会社の社長さんだったんです。人をダメにするビーズクッションを作ってる会社を経営されていました。

一緒にサーフィンをしながら、子供たちに運動を教えている会社をしていると伝えたら、何が一緒にできたら面白いねと。

ビーズクッションの上で遊ばせるとトレーニングになるのでは?人の体をつくるビーズクッションができるのでは?一緒に作りましょう!!

そして、運動用のビーズクッションができました。

僕たちは、サーフィンで行くと、砂浜を毎日歩くじゃないですか?

あの砂浜の感覚や、足の指をしっかりと使う感覚をビーズクッションで見立てて、体幹を鍛えたりとか足の指を使いしっかりと使うようなトレーニングができる物を開発しました。

田島:ちょっと、今からでも一番かませてもらえませんか!?w

藤原:「デグット」というブランドなんですが、「できるよね?」という宮崎弁「でぐっと?」にかけてます。

田島:他にも何かありませんでしたっけ?

藤原:宮崎の飫肥杉を使った、三点倒立をする補助台も自分で考えて作りました。

これは、木育と体育をコラボさせて、子供たちがそれでを使って逆立ちや三点倒立ができることによって、自信がついたりする様な商品になればと考えています。

宮崎の杉は日本一番ですし、宮崎発の運動器具をここから出せると面白いなと思います。

スポーツでも、人生を切り開けること伝えたい

田島:ここまでお聞きした感じだと、子供たちへの熱い想いを感じるのですが。

藤原そうですね。僕自身は小さい頃、野球選手になりたいと思って、野球をやったんですよ。

中学生時にプロレスブームが来て、プロレスラーになろうと思ってレスリングを高校から始めたんですね。

そして、そのレスリングで大学で宮崎に来て、サーフィンをはじめてプロサーファーになった。

つまり僕自身が、スポーツをしながら道が切り開かれてきたんです。

勉強だけでなく、スポーツでも、人生を切り開かれることを語ることができますし、子供たちに伝えていくのは、僕の役割だと思っています。

田島:仕事とサーフィンの両立、バランスは自分の中でも意識してこ保つようにしているんですか?

藤原もちろんです。海に行けばすっきりしますよね?

仕事で悩んでたり、考え事があったても、海に入るとリセットできますし。

また、新しい発想が生まれたりとか、海でいろんな出会いがあったりとしますよね。

仕事人間、仕事仕事になっちゃうと、伸び悩むのかなと思います。それが僕の場合はそれがサーフィンで、その環境があるから、いろんなパワーをもらって、今があると感じています。

田島:逆に、極端な話になるかもしれませんが、四六時中サーフィンのことばっかりを考えていて、仕事よりも、サーフィンの生活スタイルになっている人もいますよね。

もちろん、それが悪いとはいいませんが、仕事もしっかりして、社会的地位も持ち、サーフィンも納得するまで楽しむというバランスを上手く保つかが、難しいと思うんです。

藤原:仕事とサーフィンと家庭もですね。

一生懸命やっていたら、そこに何かが見えてくる

田島:サーフィンはオリンピックの競技にはなりましたが、日本では認知度や普及率もまだまだで、職業としてのサーフィンは厳しいのが現実だと思います。

でも、そこを目指している若い人たちもいます。何か一言、アドバイスがあるとすれば?

藤原:僕は、レスリングをやってたからこそ、宮崎に来ることができた。サーフィンをし続けていたからこそ、プロサーファーになれて、様々な人と繋がれました。

何でもそうですが、一生懸命やっていたら、そこに何かが見えてくると思うんです。

また、人生の幅と言いますか、突き詰めている人の話は、すごく面白いじゃないですか。サーフィンをずっとやっていて、海外ではこんなことがあったなど、自分のストーリーを持っていると相手と様々な話ができますよね。

そして、そこまでやるんだったら、この仕事をやったら、一生懸命できるんじゃないかと、思ってもらるんでじゃないかなと。

つまり、一生懸命入り込むのはいいことだと思うので、頑張ってもらいたいなと思います。

田島:今後、何かやりたいことはありますか?

藤原:ビーズクッションなど、いろんな商品を作って全国展開していきいのはあります。

また、私も宮崎に来たからには、何かを残したい。男として一旗揚げたいのはありますよね。ただ、その一旗が何なのかは、正直まだわかりません。わからないからこそ、一生懸命頑張っているんですが。

ただ僕の中の軸としては、恩返しではないですが、宮崎の子供たちに対して、宮崎に対して、何かすることがないのか?

そこで、しっかりとした何かを僕が作っていきたいと考えています。