昔のサーフィン業界から、最高の波、大波に挑戦する心構えまで。水元公志 元プロ 【前編】

FUNRIDE 編集部

FUNRIDE TALKの第2回目のゲストは宮崎の串間市出身の元プロサーファーでローカルサーファーでもある水元公志さん。

過去最高に良かった波の秘蔵映像やプロサーファーはモテるのか? 昔のプロサーファーの収入についてなど色々と聞いてみました。

本稿は、Youtubeの放送を加筆修正したものです。


MC田島亜聖(以下、田島):今回のゲストは、水元公志さんです。

76年生まれの現在43歳で、18歳でプロサーファーになった経歴をお持ちですが、まずは、若いころ、サーフィンをはじめたきっかけから教えていただけますか?

ーフィン界の上下関係は厳しかった

水元公志元プロ(以下、水元):僕は串間出身なんですが、実家の前にサーフショップがあり、そこに10代前から遊びに行ってました。

兄貴2人がサーフィンやっており、特に2番目のやんちゃな兄貴に、無理やりサーフィンをさせられたのがはじまりでした。

ボードだけ渡されて、教えられることもなくw

田島:串間は宮崎県の最南端で、ちょっと田舎の場所ですが、串間で過ごした時代、どんな子供でしたか?

水元僕は同級生の付き合いは少なく、サーフィンしてたこともあって先輩との付き合いが多かったです。一言でいうと、ろくな先輩がいなかったですねw

昔はサーファー自体がやんちゃなイメージもありましたし。

もう中学生くらいで、先輩に鼻をへし折られて、上には上がいるって気づかされました。

田島:サーフィン界の上下関係は厳しかった?

水元厳しかったですね。

田島:そういう時代を経て、18歳でプロサーファーになったと。

プロサーファーになろうと思った、きっかけは何かありましたか?

水元うまくなりたい気持ちはありましたが、プロを意識しだしたのは、高校に入ってからです。

中学校3年ぐらいから、地元の大会で勝ちだし、サポートされるようになりはじめてからですね。

田島:どんな練習をしていたんですか?

水元中学時代はサーフショップのオーナーにスパルタされてましたw

でかい波とか入れないと蹴飛ばされたり。というか、初めて海に連れて行かれた時、台風でしたw

田島:今だったら大問題ですね><

プロになってからは活躍の場はコンテストになったわけですか?

水元そうですね。スポンサーもついて、大会で成績を残したり、雑誌に写真を残したり、という感じに年間の予定が決まっていく感じでした。

今のプロサーファーは大変だと思いますよ

田島:つかのことお聞きしますが…

一番稼いだ時で、年間いくらくらいでしたか?

水元単純に給与だけなら月給30万円くらいじゃないですか。

それから、雑誌でてプラスいくらとかでしたね。

まぁ、一番稼いだ時は年間で400万円はあったと思います。

僕たちの時代は雑誌が多かったので、遠征費だけでも年間200万円くらいはかかったいました。

田島:400万円から遠征費を出す感じでしたか?

水元:いや、別ですね。

田島:なるほど、では400万円が給与で、それ以外にも収入としては、プラス遠征費くらいはしっかり稼いでいたということですね?

田島:サーフィンで世界も回っていましたか?

水元:そうですね。もらったらもらった分、動かないといけないですからね。

今のプロって大会とかだけじゃないかな。後はユーチューブとか。

僕らの時代は足を運んでサーフィンして、そしてカメラマンから声がかかる。

スポンサーが計画して、世界中に行かせるタイプの仕事もあったので、プロサーファーとしての露出も多かったですね。

田島:ということは、時代的には今よりも恵まれていたということですか?

水元:恵まれてたと思います。逆に今のプロサーファーは大変だと思いますよ。

田島:めっちゃくちゃモテたんじゃないですかww?海外にもいかれてたし、遊ばれてたんじゃないですか!?

水元いや、それはないですねw。海外は仕事ですし、結構真剣にやるので!海外で遊んだ記憶は、あまりないですね。

ジェフリーズベイはレビュラーフッターなら一度は行くべき場所

田島:思い出に残っている、海外の波とかはありますか?

水元:やっぱり、南アフリカですね。ジェフリーズベイはレギュラーフッターなら一度は行くべき場所で、僕は死ぬまでにもう1回行きたいです。それくらい良かったですね。

田島:その水元公志 元プロが思う、最高の波ってどんな波ですか?

水元僕はハワイも経験したんですけど、あの環境の中で波を取るのはすごく大変なんですよ。

すごい波に、何十人もエントリーしていて、1日1本しか乗れないとか。

波に乗った達成感は、ハワイが一番すごいと思いますが…

僕の中では、南アフリカまで連れて行ってもらって、世界最長といわれるレギュラーで、カービングもできて、チューブにもは入れて、最高だと思います

「Go for it」 の意味は履き違えるな

田島:ちなみに、サイズ的にはどれぐらいの波まで。一番大きな波はどこでしたか?

水元:ハワイのワイメアは、何度か経験させてもらいました。

田島:あの大波に挑むために、一番大切なことは何ですか?

水元自信と勇気じゃないですか。

ただ、本当に履き違える死んでしまうので…僕もスポンサーの関係で何度かチャレンジしてたけど、本当に入るだけなんですよ。

自分の問題かもしれませんが、僕は「Go for it」 の意味は履き違えるなと育てられました。

田島:「Go for it」 の意味は履き違えるな?

水元ただバカみたいに行くんじゃなくて、メイクできる道があるからこそ、それにチャレンジする。

でも、その道が見えなかったんですよ。僕は。

田島:行く道が見えたら、行く。サーフィン以外でも通じる言葉ですね。

水元ただ、がむしゃらにチャレンジしても、そこで命を落としてしまった終わりじゃないですか。

だから、それだけの自信もつけて、やっていく感じですね。

田島:なるほど、やはりサーフィンからその学んだ事は多かったですか?

水元かなりあると思います。